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「諸君、提案がある」 それは、かなり唐突に、脈絡もなく発せられた発言だった。 「はい?」「提案…ですか」「なーんかやな予感がするんだけど、俺」「……んあ?」 銘々反応を返しつつ、発言した少年に視線を送る。 少年は全員の目が自分に向いたのを確認すると、非常に芝居掛かった態度で告げた。 「この夏の長期休暇、この愛好会で合宿を行おうと思う。」
カナカナカナカナ………。 僕、川部恭介は××県 ヒグラシの鳴き声がとても 夕暮れのオレンジ色の光の中、独りで、手ぶらでつっ立っている訳だが……。 くそ、暑いな…。 苛立たしげに太陽を睨む。本当に、暑くて暑くて死にそうだった。 大体にしてみれば、何で自分しかいないのか、約束の時間は後10分程まで迫っているというのに。 カナカナカナカナ………。 いや、別に全員揃っていないのは問題じゃあない。 会長は性格悪いから故意に僕を炎天下の中に放り出していて今頃は倉野先輩と一緒に冷房の効いた何処かで高笑いをしていそうだし佐和先輩は今頃五十嵐先輩をこっちに引っ張って来ているんだろう。電車を乗り過ごしている可能性も非常に高い。 そんなことより、彼女は何故来ないのだろう 正直、僕は前述の四人はむしろ来ないと確信して早めに来たのだ。 彼女は確実に五人の中で一番早く来ると思って。 そうすれば彼女と二人っきりになれると思って。まぁこの目論見は見事に外れた訳だけど。 あぁ、そうだ。そろそろ自己紹介しておこう。 僕の名前は…まぁさっきも言ったけど、川部恭介。 僕自身はいたって平凡な高校一年生だ。僕自身は。 じゃぁ何処か異常な所があるのかって? そうだ、ある。所属している愛好会だ。 僕が所属している愛好会、余暇研究愛好会という名の暇人達の集まりだ。 かといっても、只暇潰しをしているだけ、という訳ではない。 何と言っても、僕の過ごした一学期間だけで3回も怪現象が起こったのだ。 そのどれもで僕達はその中心にあったし、その全てを僕等は自力で解決してきた訳だ。 その中で数え切れないくらい死にそうになったんだけど。 ………あれ? 何で僕はいまだにこんな愛好会にいるんだろうか? そんなことを考えながら、僕は日射しを避けようと周りを見回して、屋根のついたベンチと、そこに座っている少女を見つけた。 「あ」 「………」 いつの間にか、最後の一人、僕が二人きりになりたいなんて下心丸見えなことを考えていた対象でもあった少女、狩谷雪がそこにいた。心臓が早鐘を打つ様に超高速で血を送る。 ヤバイ、二人きりになりたい、とかいってたくせにいざとなるとこのザマかよ。 内心で毒づきながら顔をあげ―――目の前に彼女の顔があった。 いつの間にか至近距離に近寄られていたようだ。 「っ!!! や、やぁ狩谷さん。ははは、早いんだね」 動揺を押し殺しながらの挨拶だった。上手くごまかせただろうか。 「……あ、はい。こんにちは、川部くん。 今日は随分早いんですね」 「そ、そうかな。そ、そんなことないと思うけど」 妙にどもりながら返す。くそ。只の世間話でなんでこんなに緊張してるんだ僕は。 僕の回答に彼女は頭をフルフルと振るとこっちの目を見る。それに合わせて側頭部で二つに結んだ髪が揺れていた。とても同い年(16才)とは思えない動作だったが華奢な体つきで身長も低い彼女には良く似合っていた。とゆーか、まぁ可愛いからいいやってこともあるんだけど。 「違います」 じっと僕の目を見ながら彼女は妙に断定的に言った。 「川部くんはいつもはこんなに早く会室に来ません。まぁ今日は会室ではありませんが。来る順はいつも私、岸本会長と倉野副会長、佐和先輩と五十嵐先輩、そして川部くんです。いつも一番遅い川部くんが一番早く、それもかなり前から来ている。これは明らかに変です。それは一体何故なのでしょう。私としては納得できる解答を望みます。…川部くん?」 「あ、…いや、まぁ、そのぅ…」 一気にまくしたてられて目を白黒させていると、彼女は僕の顔をのぞき込む様に見上げてきた。って近っ! いや何かもう正直今ものスゴク幸福な気分になるけど近いよっ!? あぁ何か彼女の吐息がかかってるし、何か、こう、女の子っていいニオイがするなぁ。あ、なんかぼーっとしてきた。もういいや今の場で彼女に告白して抱き締めてキスして**************。 僕の思考回路が暴走し始めたその瞬間。 急に視界が反転した。 「あ……れ? 一体…何が…?」 起こったんだかも解らないまま、僕は熱いアスファルトの上に倒れ込んだ。 「川部くん? どうしたんですか川部くん!? 川部く―――」 彼女の声を耳にして、あぁ心配してくれるんだ、とか思いながら、 カナカナカナカナ……。 ヒグラシの鳴く声だけが妙に煩かった。 *
「で、炎天下の中彼女、おおっと我々を待っていて日射病になったと。 アーッハッハッハッハッハッハッハ! 莫迦かね君は!」 「煩いです。黙ってください会長」 気恥ずかしさ半分、無様に転がったことに対する落ち込み4分の1、彼女に介抱してもらったことに対するちょっとした悦が残り4分の1。合計1になるって計算だ。な表情で返す。 「まぁまぁ、首尾はどうだったのかね、話してみたまえ、ん〜〜〜〜〜?」 意地の悪い笑みを浮かべて語りかけてくる青年。こう見ると只のデバガメだ。 彼の名は岸本貴秋。この愛好会の会長であり、驚異的な身体的スペックと抜群の行動力と明晰な頭脳に不屈の精神力を兼ね備えた完全無欠で完璧超人な、ダメ人間のキチガイだ。 何故かと言えば簡単な話。こんな愛好会を創設し、学校内外構わず暴れ回っているからだ。さっき三回の怪事件に巻き込まれたといったが、その全てで彼は自分(と愛好会の面々)の命も顧みないで突っ込んでいき散々暴れ回って一言、 「うむ、いい暇潰しになった」 ……なんか思い出したらムカついてきた。殴りたい。 「…ハァ」 嘆息しながら周囲を見る。質素な中にもどことなく上品さが漂う室内。 倉野邸(僕の知る限り三つめ)。 今回の合宿の会場である。…突っ込まないで。気持ちは解るけど突っ込まないでほしい。 これまでの流れを説明するとこうだ。まぁ僕自身は倒れてたから聞いた話をまとめただけなんだけど。つまり、僕、日射病で倒れる→彼女が会長に判断を仰ぐ→「膝枕でもしてやったらどうだね」→実行に移す→僕、気が付く→悶死。 その後、僕はやってきた労働者階級二人(佐和、五十嵐)によりここまで運搬されてきた(らしい)。 窓の外を見るともう既に空は暗くなっており月まで出ている。 田舎の方だからだろうか、とても月が綺麗だった。 その時、煌々と輝く真ん丸な月の中に、なにか不可思議な影が映り込んだ。 「ん?」 蝙蝠の様な、いや蜥蜴の様な、僕はもっと良く見ようと思いベッドから降りてスリッパを履き窓の方へ、 「川部ーーー!!」 バゴォォオン!!! となにか扉を開けるには似つかわしくない轟音でドアが開かれ、人間が二人飛び込んできた。 「ん、なァ? ど、どうしたんですか二人共!?」 「重かったんじゃゴルァ!!」 「ごらー」 「何の話ですかいきなり!?」 彼等は佐和太一と五十嵐佑二。 共に僕の通う学園の一つ上の先輩で余暇研究愛好会の肉体労働担当である。 「こら、お前等」 さっきから良く意味のわからない質問だが語りだかを入れていた会長が二人を叱責 「私の語りを邪魔しないでほしいのだがね」 するにはした。…の、だろうか。 「誰もんなモン聞いちゃいねーっつーの!!」 「つーの」 「失敬な! 少なくとも葉月は無知蒙昧な貴様と違って聞いているぞ! そうだろう川部!!」 いや、僕に振られても。 あ、ちなみに葉月、というのは学校の先輩で会長の恋人(たぶん)の倉野先輩のことだ。 「バッカ岸本お前倉野だってよくわかんねー、しかもノロケ中心の話なんか笑顔でスルーしてるんだよ。なぁ川部!!」 いや、だからなんで僕に振るんですか? 「知りませんよ、そんなこと」 僕はそう言い捨てると言い争う二人(+なんか備品のソファで寝てる五十嵐)から意識を再び窓の外に向けた。さっきの影が気になったからだ。 だがもうそこにはなにもおらず、只満月がやたらと眩しく輝いていた。 *
隣の部屋の馬鹿騒ぎを耳で聞きながら私、倉野葉月は溜め息をついた。 「…元気ね、貴秋も、佐和君も」 口論は何時の間にか乱闘と化している様だった。騒音と振動が絶え間なく響く。 「…元気。あれは元気というのでしょうか。 全く、病人の部屋であんなに騒がしく…。 即刻攻撃、鎮圧すべきと判断します」 いきなり物騒なことを言い出した後輩、狩谷を微笑ましく思いくすりと笑う。 狩谷は私が何故笑ったのかわからかった様で、 「何が可笑しいのですか?」 「いいえ、何でもないわ。 それより、そうね、確かにはしゃぎすぎよね」 「それは攻撃の許可と受け取ってもよろしいでしょうか?」 「あんまり荒っぽくやらない様に、ね?」 「了解です。ではっ」 たたたっ、と廊下を走る音を私は微笑みと共に見送った。 一人の少女への応援と、三人の男への冥福を込めて。 *
「夏、そしてそして夜、とくれば諸君。なんだと思う?」 倉野先輩のお手伝いさんが置いていったカレーを食べたあと、突然岸本会長が言いだした。 「はぁ…、なんです一体?」 一同を代表して返事をする。まぁ予想できなくもないけど。 「あ、花」 ビュボッ!! 何かを呟いた佐和先輩の顔に神速の拳が吸い込まれ、 ごっ…。 妙に鈍い音と共にめり込んだ。あぁ、なんというか、アホな人だ。 「ヒトの台詞を取らないでくれたまえ。空気を読めないのか、全く。 そうだ諸君。花火だ!!」 そしてどこから出したのか、花火の大袋を高らかに掲げた。 …10分後。 「うぉおおあああっ!! 死ねぇ岸本ぉ!!」 「………!」 佐和のロケット花火が火を噴き、五十嵐がズバァアと閃光を放つそれを振り回す。 狙いは的確、そのコンビネーションは正に阿吽の呼吸と言うに値する。 その二人を眼前に捉えてもまだ岸本は余裕を崩さない。 「よくやる、だが歯車として闘う男に私は倒せん」 不適に嗤いながら、岸本は咆える。 「私は義に 手にした二つの花火が閃く。 ヴンッと言う音と光の軌跡だけを残しながら寸分違わず五十嵐に振り下ろされる。 「…く!」 間一髪後ろに飛び退いて回避された。 「ほう、よくやる!」 更に追撃。角度を変えながら肉薄していく。 「どけ、五十嵐!」 その声と同時、五十嵐が横に飛び退き、その空いた所に佐和が突進してくる。 だがそれは十二分に予想の範囲。 岸本は口元に嘲笑を浮かべながら落ち着き払って 「はっ!」 佐和の足を素早く払った。 「うあっ!?」 バランスを崩すも、迅速に体勢を立て直す佐和。 だがそれは余りにも決定的な隙だった。 岸本がそれを見逃す訳もなく。 「――ふっ!」 ズヴァァアアアッ!! 手にした花火が振り抜かれ、容赦なく佐和を襲った。 「うあぢゃぁぁあああああああああっ!!」 夏の夜長に絶叫が響き渡り、その後は只花火の燃えるズァアアアという音だけだった。 ※読者の皆さんへ、花火は振り回してはいけません。 非常に危険なので真似しない様にお願いします。 僕はそんな二人の限り無く無駄で無意味な闘いを少し遠くから眺めていた。 「…ホント元気ね、みんな」 倉野先輩が呆れた様に呟いた。 「……そーですね」 僕の声音にも自然とそういう色が滲み出る。 狩谷さんはじっと手に持った花火を見つめながら、 「……緑色。 ということはつまり……」 何、してるんだろう。 「あ、あの、狩谷さん? 一体何を―――」 「うぉーーーーーーーーーーーーー!! 二対一かよ。汚ねぇぞ!?」 佐和先輩がこっちに走ってきた。くそ、タイミングの悪い…。 「うわはははははーー! その汚い手段を使ってアッサリ討ち取られたの何処の誰だねー! 墜ちろーー! 蚊トンボーーーーー!!」 岸本会長がそれを追いかけてこっちにくる。五十嵐先輩もついてきた。 ……って、アレ? 僕は会長の手に携えた物体を見た。何か丸で巨大な銃の様な形をしている何か。それが佐和先輩、延びては僕達に向けられる。 「えっ?」 よく見ると、上の方に火が点っていた。そして、その銃は導火線を短く切られた打ち上げ花火が内蔵している様だった。 会長が引き鉄を引き搾られる。上の方に点いてる火がそれと連動して導火線に近づいていく。 「かかかかかか川部ぇ!! おおおお前アレなんとかしろなんとか!!」 「僕がですか!? わぁもうこっち来ないで下さいよ狙われてるのは先輩なんでしょ!?」 言い合いながら僕と佐和先輩は二人で暗い銃口から逃げようと走り回る。 だが神は(前に会った奴の所為で大分有難みは失せていたが)無慈悲にも会長に引き鉄を引かせた。 会長が嗤い、そして吠える。 「再びピ――の栄光をこの手に掴むために、ピ――成就のために、 ピ――よ、私は還ってきたぁっ!!」 点火。 ズドバシュウウウウウウッ!! 輝く光弾が轟音と共に迫り来る。 「「ぎぃやああああああああ!?!?」」 ……ハモった。 その直後、僕の視界は白い閃光で焼き尽くされ、耳が捉えたのは己の悲鳴だけだった。 こうして遊んでいるのに夢中で僕は気付かなかった。 狩谷さんが何時の間にかいなくなっていることに。 そして、この事が僕達をあんなにも恐ろしい事件に巻き込んで行くなんて、 わかるハズもなかった。 *
私、狩谷雪は別荘の裏にある森、というか山の中を直走っていた。 今、私の眼前にある、いや、いるのは何か、不思議な物体だった。 真っ黒な体皮、長い尾、大きな皮翼。 だがあの何かを危険と判断する一番の材料は、 その動物の躰。 率直に言えば、傷。 その何かの躰には無数の傷が付いていて、周囲に鮮血を撒き散らし、木々を削り飛ばしながら猛り狂い、走り回っていた。 元々私はこの生き物の怪我、というか血を辿ってきたのだ。 花火をしている時に、鉄分の臭いを感じて何かと思ってやって来て、血溜まりの中に蹲っているこの何かを発見した訳で。 一体何なのでしょうか。Nag?、Dragon、…所謂竜≠ニ呼ばれるものでしょうか。 しかし、ならばどう対処すれば…? 自問しながら走り続ける。確固たる理由はないが、何とかしなければ、という使命感があった。それにしても、と私は呟いた。目の前の生き物は速い。全力で走っているのに全然距離は詰まらない。 しかも、邪魔なものは全て、(ここからは便宜上竜≠ニ呼ぶことにする)竜が薙ぎ払っているのにだ。私は今限りなく自分の最速に近い速度で走っていた。 「…くっ」 最早体力は限界に近い。最大速度を保つのは粗不可能だった。 流石竜。尋常ではないスタミナです。 そう内心で評価を下した瞬間、竜が足を縺れさせて転倒した。ズド、ゴ、ガギャッ!!凄まじい音を立てながら前方にあった巨木に激突する。 私はそんな竜の正面に立って、様子を窺う。 グゴゴゴゴ…と唸り竜がこちらを見た。 その爛々と輝く双眸と目が合う。もうそこには激痛に対する憤怒はもう無く、冷静な知性の光が宿っていた。 その瞳が再び怒りの色に塗り潰される。それは、獣としての憤怒ではなく、冷徹な、敵に対するそれ。 口腔の中に陽炎が揺らめき、その口の中に高温が生まれるのを確かに、 「…、――っ!!」 顎から真紅の焔が吐き出され、大気を激震させる轟音と共に其処にあるもの全てを吹き飛ばす。 く、ま…ず… 私の視界は全て紅に埋め尽くされ、強力な衝動と轟音の中で私の意識は一瞬で暗転した。 *
ドゴン…! 轟音が響き、僕達の 「むぅ…、何だ、今の音は…」 「そんなの僕が知る訳ないですよ! それよりも狩谷さんは…!」 そう言って僕は気ばかりなのを分かっていて周囲を見回す。 今、僕達は倉野先輩の別荘の裏にある山の中にいた。 花火の後、狩谷さんがいないことに気付いた僕達は皆で彼女を探すことにしたのだ。 倉野先輩は行き違いになった時の為に待機。僕と会長、五十嵐先輩と佐和先輩の二組に分かれて裏山を捜索という事になっていた。 「くそ、何処に行っちゃったのかな、狩谷さ―――んっ!!」 「参謀総長―――っ!!」 「いたら返じ…参謀総長…?」 「あぁ狩谷君のことだ。参謀総長―――っ!!」 「あ――…倉野先輩は?」 「副指令」 「五十嵐先輩」 「大尉」 「佐和先ぱ」 「二等兵だ」 「低っ! …因みに僕は?」 その問いに会長はしばらく難しい顔で思案すると思い出したようにポツリと 「…メガネ、だな」 「メガネとな!! ちょっと僕一人明らかにテキトーなんですけどっ!? 流石に変だろ! もう少し統一性を持って付けてくださいよ!」 「…よし、ABC兵器開発部長とか…どうだね?」 「どうだね? じゃないっ! めっちゃ不名誉なんですけどっ!! 長いし! 何でそんな人間の罪と業を一身に背負わなきゃいけない役職にっ!?」 「はっはっはっ。大丈夫、君ならできるさ…」 「できるかっ!!」 そんな感じでバカ話をしつつ森の中を歩いていると、会長が不意に、 「待て」 と鋭く呟いた。 「ど、どうしたんですか会長。 何か手掛かりになりそうなものでも…?」 僕は期待を込めて会長の顔を見たが、その表情はとても厳しいものだった。 「…会長?」 「……鉄分の臭い…血か」 ……え? …血、だって? 「こっちだ。急ぐぞ川部!」 「あ、はい!」 そして僕と会長は走り出した。 暗い森の中に。 血生臭い惨劇の中に。 そして、数奇な運命の中に。 *
それを見付けたのは、走り出してから比較的すぐのことだった。 「…ほう」 「うわ…な、なんだ、これ」 夥しい量の血、血、血。 そして何かが削り飛ばした様に空間が森の奥に続いていた。 「会長……何があったんでしょうね、此処で」 「と、いうよりも、何がいたんだろう、だな」 「また、化け物関係ですかねェ? 嫌だなぁもう」 そうぼやきながら会長の方を見た。 その目を見て、僕は、諦めた。 何故なら、会長の目は輝いていたから。新しい玩具を前にした子供の様に。きらきらと。 「会長……もしかして、楽しんでますか?」 ギクッ 聞こえないハズの音が聞こえてきた気がした。 「……そんなことはないぞ川部! 私が前途ある有望な会員の危機を楽しんでいるなんてそんなことは絶対にない! あろうはずもない!!」 「………」 「…………」 ちょっと空しい沈黙。しかしそれは存外とあっさり破られた。 「…ん? おい、ちょっとこっちに来たまえ川部」 「話を逸らそうとしてません?」 「間髪いれずか、酷い奴だな君も」 そう言いながら会長は血溜まりの中にしゃがみ込む。もう口調にふざけた色は無い。 その手がチャプリ…と血の中から何かをつまみ出した。 「…髪の毛、だ」 血を滴らせるそれを見ながら会長が呟く。 そう、それは確かに髪の毛だった。とても長い、そして僕もよく知っている色をしていた。 「それって、ま、まさか…」 「…恐らく、狩谷君のものに間違いあるまい」 会長は確信した時にしかこういう確定的な言い方はしない。つまり…ツ、マ、リ………。 「…葉月、今から我々六人に各々最善と思う武器をあるものから選んで用意しろ。 佐和と五十嵐を向かわせるから合流してから来てくれや。場所はGPSで分かるな? …あぁ、そうだ。じゃあ切るぞ?」 会長の声でハッと我に返る。会長は倉野先輩に電話していた様だった。 「…五十嵐、佐和を連れて今すぐ戻れ。葉月が用意を終えて待機しているからそれを持ってこっちに来い。こちらの場所は葉月の携帯のGPSで分かる。わかったな」 会長はそれだけ言うとバチンと携帯を閉じて懐にしまう。 そして僕の方を向き、一言こう言った。何故か、満面の笑顔で。 「川部、面白いことになったな」 「……ハイハイ。まぁ、変に気負うのはやめにします」 「よし、行くぞ」 「はい!」 そう言って僕達は走り出した。そして、僕は走りながらこんな事を思った。 こういう非日常≠、僕は求めているんだな、と。 *
心地良い揺れの中で、私は深い眠りから目覚めた。 黒くて、冷たい何かの上に私は乗っている様だった。 「…ん、…あ…れ…?」 まだ朧気な五感に語り掛け、覚醒させる。 次第にはっきりとしてくると、一つ判明したことがあった。 私は、先程の竜の背に乗っている。 ト、ト、ト、ト…と足音を聞きながら、体を起こす。 竜は私を乗せて何処かへ向かっている様だった。 その足並みは、速い。そしてこの 「……一体、何処に行くのでしょうか…」 思った事が口から漏れた。 まだ自分は少し混乱しているかもしれない、と思う。 答える者などいはしないのに、と。 だがその時、 〈ヒャハハハハハハハハ、んなモン教えてやるわきゃねーだろが〉 「…え?」 慌てて周囲を見回す。だが何もいない、いるハズもない。 自分の耳は何も感じ取っていないからだ。そんなこと私自身が一番解っている事だった。 しかし、ならばどの様な原理で…? だがその混乱は一瞬。今まで体験してきた事を思えばこの程度、何の不思議があろうか。 この念話だが何だかも少し希少な連絡、いや意思疎通手段と思えば何て事はない。そう割り切ると私はこれを発したと思われる唯一の(言葉を解するならばもう十分に者≠セろう)者に声を掛けようと判断して、この竜の歩み四歩分、約二秒の長考を終了させた。 「…貴方、なんですか? 今のは……」 〈おぉ、えらく物分かりのいい餓鬼だなオイ! 昔は何奴も此奴も、おのれ物の怪めーっとか言ってきやがってよォ!〉 再び頭の中に声が響いてきた。 どうやらこの黒い竜が発しているのは間違いなさそうだ。 〈いやぁ、すまねぇなぁ、さっきは追っかけてくるから敵かと思って撃っちまった。 あン時ゃオレも頭に血ィ昇っててな、本当に悪かった〉 かなり砕けた、というか知能指数の低、 そこまで思って以前二人で恐喝、暴行、窃盗の現行犯を捕縛した時に、川部君に言われた「も、もう少し遠回しに言った方がいいんじゃないかな」という言葉を思い出した。 …まぁそれでも律儀に攻撃してきたことを謝罪してくるのだから有害な存在ではないのでしょう。そう結論付けると、先程から気になっていた事を訊ねた。 「もう、怪我は大丈夫なのですか?」 すると竜は当然といった感じに、 〈あぁ、何たってオレ達竜は頑丈なのだけが取り得だからな、 只の傷なら放っといてもふさがっちまうんだよ〉 その答えに私はやっぱり竜だったんだなと思ったが今重要なのはそんなことではなく、 「では、貴方にあれほどの手傷を負わせたのは一体何なのですか?」 〈知らん〉 その簡潔な、しかし何の役にも立たない返答に少しだけ途惑いながら、 「何でですか? 闇討ち? 背後から一瞬で? いや、あの傷には後ろからではどう考えても付かない位置にもありましたからそれは違 いますね。ならば一体何故? 真逆不可視の存在? いや、でもそうなると…」 〈…あー、いや、違うぞ? 別に透明人間ってワケじゃねェ。パッと見は人間なんだけどな、なんかコウモリとか真っ黒な犬とかめちゃくちゃ連れててな、そいつらが次から次へと飛び掛かってきやがって…仙道の類には見えなかったし、大体ありゃこの国のモンじゃねーな。異人だ異人。伊達男風のな〉 私は今の供述を踏まえて該当するものを蓄積データベース、既存の知識と記憶の中から検索する。そして私の脳は余りにも呆気無くそれを弾き出した。 「…Vampire」 〈…? なんだそのう゛ぁんぱいあってーのは〉 「そいつが襲って来たのは何時ですか?」 〈あぁ? 時間ってそれが何だって〉 「いいから!」 〈…大体お前が来る一刻くらい前だと思うぜ、日没はもう過ぎてたな〉 これでもう粗確定だ。ならば… 「血! そいつに血を吸われましたか!?」 〈いや、あのヤロウ後ろから獣をけしかけるだけで近寄ってすらこなかったぜ? まぁ、オレの焔食らったら逃げてったけどな、ヒャハハハハ〉 「そうですか…」 ほっと胸を撫で下ろす。だがそんな奴が皆の周囲を徘徊している、となるとそれは容認できる様な事態ではない、早急に対処しなければならなかった。取り敢えず誰かに連絡を取らなければならないが、私は生憎その手段を持ち合わせていない。 「この山の麓、そこに大きな洋館があります。そこに向かってくれませんか?」 〈…まぁ俺が迷惑掛けちまったからそれは別にいいが…。 独りか?〉 私はそれに無言で首を振って答える。 〈それは…どうするつもりだ? 言ったところで信じてくれるか? 人間ってのは頭の―――〉 「信じてくれますよ。仲間、ですから」 強く言い切る。その言葉に込めるのは、確かな信頼と誇り。 竜は暫く目を丸くした様に押し黙っていたが、やがて力の籠もった口調で、こう訊ねた。 〈じゃぁ、話して、どうする〉 それに対して、私は淀み無く答えた。 「それを決めるのは私ではありませんが、皆こう言うでしょう。 決まってる。 徹底抗戦。徹底排除。 これは面白くなって来たぞ≠チて」 〈…………〉 「…………」 竜は暫く何か不思議なものを見る様な目でこちらを見上げていたがやがて、 〈……ク、ヒャーハッハッハッハッハッ、ハハッヒャハッハハハハ!!! 面白ェ、本ット面白ェぞオイ。お前ェ何モンだ?〉 「狩谷雪、私立籐照高校一年」 〈オレは そして私達は互いにニッと笑い合い、竜は翼を広げ満天の星空へ踊り出した。 *
僕達がそれに出会ったのは、この何かが作り出した細い道を中程まで進んだ時だった。 「…む」 「……え?」 そこに立っていたモノは、そう、何というか、酷く場違いな奴だった。 ウェーブの掛かった長い金髪を後ろで結び、豪華な外套に矢張り豪華な燕尾服。馬鹿馬鹿しい程に整った顔に馬鹿馬鹿しい程に軽薄な笑顔を浮かべている長身の青年だった。 「……いや、ちょっと怪し過ぎるでしょ、何ですかねアイツ」 「真逆とは思うがアレも神だったりするのだろうか。 ふむ、何となくあの怪しさにはあのアホ神に通じるところがある気が…」 「やめて下さいよ、嫌なモン思い出させないで欲しいなぁ、もう」 そして僕達は木の陰からアイツの様子を窺っていた。 「てゆーかどうしますか? アイツふん縛って尋問します?」 「それが一番手っ取り早いな。やっちまうかね?」 僕が問いに答えようとしたその瞬間だった。 「………ん?」 上のほうから何かが飛んで来た。何だろう、暗くて視認し辛い。 ピクッ、 あの怪しい青年もとっくに気付いていた様で近づいてくる何かを見据えていた。 ニィィイ…と唇の端が引き上がる。見開いた両眼は先程までの緑ではなく鮮血の様な真紅に輝いていた。 「人でないのは確定だな」 会長が小さく呟いた。一気に身体に緊張が迸る。 ポッと星空に一つオレンジ色の光が生じた。まるで炎の様に揺らめきながら…ん? ドゴッ! 青年の足元に大きな炎の塊が炸裂した。 「ほう」 会長が感嘆の声をあげる。もう何がいるのかは十分に視認でき、 「ってドラゴン!? 流石に予想外だなーこれは」 「それだけじゃない、良く見ろ」 会長に顎で指されるままに見ると、…え? 「か、かかかかか狩谷さん!? 何でドラゴンの上に乗ってるの!?!? ははははは早く助けないとあぁでもあんな高いところじゃどうすれば…!?」 「む、何だ…?」 会長の声で我に還り、青年とドラゴンに視線を戻すと不思議なことが起こっていた。 青年の足元、青年の長く伸びた影の中からゴボゴボと妙な音を立てながら何かが這い出して来ていたのだ。犬、蛇、鴉、夜鷹、どれも真っ黒でただの動物でない事は明らかだった。 彼等は飛べないものは地上で控え、飛べるものはドラゴンに向かって突貫していく。 だがドラゴンはそんなもの意にも介せず青年に向かって突撃する。 青年が間一髪右へ飛び退くが一瞬遅い! 轟音と共にドラゴンの爪が青年の左手を引き裂いた。鮮血が撒き散らされていく。 青年が顔を顰め苦悶の呻きをあげた。 そこに間髪容れずにドラゴンの太く硬い体皮を持つ尾が青年の脇腹を打ち据え吹き飛ばす。 青年は凄まじい速度で木に叩きつけられ夥しい量の血をぶち散ける。 そんな彼を尻目にドラゴンは悠々と地面に降り立った。 「只今戻りました」 その背に乗っていた狩谷さんが落ち着き払って告げる。 僕はもう狩谷さんが無事であるのが確認できてそれだけで満足だった。 「……よ、よかった〜〜。何もなくて…」 「川部、気を抜くのは少しばかり早いようだぞ?」 えっ、と思う暇はなかった。 ザクリ、と背筋に悪寒の様なものが駆け抜けた。 「ク、クク、ク、クク……痛い痛い、人間だったらとっくに死んじゃっていたよ…。 まァ、人間なら、だけどね…」 フラリ、と青年が立ち上がる。その瞳には狂気が宿り、その足元からは再び様々な獣が溢れ出していた。 「狩谷君、状況報告を。 要点だけを、簡潔にな」 「はい、あの男は凶暴で攻撃的な、吸血鬼です。私達にとっても危険な存在といえます。そして彼は――」 そう言いながら彼女は目線を跨っているドラゴンに向け、 「この山の守護者で私達の味方になってくれる竜の守恒さんです」 さらりと言った。てか似合わない名前だな、守恒……。 「ふむ、私は岸本貴秋だ。よろしく頼む、守恒とやら」 〈おぉ、こっちこそヨロシク。で、そっちのメガネは?〉 「え、あ、あぁ川部恭介です。よろしく……」 頭に直接語りかけてくる声に戸惑いながら挨拶を返す。 〈よしっ、面合わせ済んだし、大体の事は分かったな?〉 「はぁ…、まぁ吸血鬼恐いってゆうのも今更ですし」 僕は半ば形式的に、でも楽しみながら会長に判断を仰ぐ。 「どうします、アイツ」 その声すらもちょっと笑っていたかもしれない。 何故か? 簡単なことだ、答えなんて解りきっているからだ。 「決まってる」 あぁほら、やっぱりだ。 「徹底抗戦、徹底排除」 そして会長は目を輝かせながら、笑いながら、 「これは、面白くなってきたぞ」 その言葉を合図として全員一斉に走り出す。 青年の傷は見ればもう既に殆ど塞がっている。 ドウッ。 重低音を響かせながら守恒の火球が青年、吸血鬼に飛んでいく。 吸血鬼の方も、大量の鴉を創りだし、弾丸の様に打ち込んでくる。 僕達はその間を縫う様に駆け抜け、吸血鬼に肉迫する! 「だぁぁあっ!!」 僕が走る勢いそのままに素早く奴の足を払う。 それで一瞬バランスを崩したところに、 「っ!!」 狩谷さんが的確かつ迅速に引き倒し柔道技の様なものを極め、そこに会長の渾身の一撃を―――、 「てい」 「うオふっ!?」 …渾身? まぁ顔面にローファーの爪先はつらいかな…。 痛みに身を強張らせ、しかし極められた状況でのそれは新たな痛みを産む、なんか妙な悪循環に陥っていた。 「………(ニタリ)」 会長の口が意地悪く歪み、その右足をゆっくりと持ち上げ、 「とう」 「ぐへぇ!?」 踏みつけられ無様な悲鳴をあげる吸血鬼。 暫くそんな状態を見ていたが、そのうちについ感想が口から漏れ出た。 「…………弱っ」 「………………そうですね」 「…………………うむ」 〈……………………だなぁ〉 「「「〈………………………………〉」」」 「……こ、このクソガキ共がぁぁぁあああっ!!」 ボン、という破裂音と共に吸血鬼が掻き消える。 「んなっ!? えっ!?」 目を丸くする僕と違い狩谷さんと会長は冷静だった。 「…これは」 「霧化、か」 その呟きに応える様に僕達三人の目の前にゆらりと靄のようなものが現れ、驚くことに文字を形作った。 [ふはははは、どうだ手も足もでないだろ! こうなっては足払うことも極めることも顔面を蹴ることも踏むこともできない!! まぁ霧でいるのは実はかなり体力使うんだけどな!] !マークまで出しているのが律儀だな、なんて思ったが一つ言うべきことがあった。 「会長、こいつ自分で弱点言っちゃってますよ?」 「うむ、こいつ実はかなりのアホだな」 「……ですね」 [……ク、クククク、ハーッハッハァッ!!] 吸血鬼がいきなり笑い出す(但し文字)。 「なめるなよガキがぁっ!!」 吸血鬼が一瞬で実体化する。しかし、問題はそこではない、後ろ!? 「グガァアアアッ!!」 振り向くとそこには真っ黒で巨大な犬。 「っ!!」 紙一重その爪牙を躱す。見れば残り二人も同じような状況にいた。 本当に一瞬の出来事。しかしそれで奴には十分だったのだ。 ドンッと僕と会長を片手で押す。それだけで僕達は盛大に吹き飛ばされる。 「しまっ」 「ちぃっ!」 そのまま狩谷さんの両手を掴み、ニタリと嗤う。 「さっきからやられっぱなしで、少し腹が減っているのでな」 その、言葉の、意味…は…? 真逆、そんな、ちょ、待てよ……! 心が焦るのと反比例するかの様に身体の動きは緩慢だった。 狩谷さんも抵抗しているけど焼け石に水だ。単純な腕力ではどうやったって勝てる筈もない。 「では、いただきます」 カパッという音が聞こえてくるくらい勢い良く口が開かれ、長い牙が彼女の白い腕にブスリと突き立てられる。 「――っ!!」 彼女の顔に苦痛が浮び、吸血鬼の双眸が愉悦に歪む。 凄まじい怒りと憤りが視界を真っ赤に染め上げ、そして何かの限界が間近に近づいているのを感じ、そしてその何かに身を委ねた。 その時、世界の色彩がぐるりと反転する! すっと熱が退いていくのを感じる。しかし確かな憤りは心の中に残り、唯々視界を狭めるだけだったものだけを拭い去った、そんな心地良い気分だった。そう、それは例えるならば暗い、絶対零度の冷たい炎。 身体が軽い。それは宛ら羽毛の様で今ならば何でもできる気がした。 視界もだった。今はもう夜中と言っても差し支えないにも関わらずそれは昼間よりも広く、そして良く見える。これならば、と思い掛けていた眼鏡を外し、放る。 やっぱりだった。視界はぼやけも揺らぎもしない。ならばこんなもの邪魔なだけ。もう一度“敵”を見据え、小さく、それでも力強く言い放つ。 「さぁ、覚悟はいいな」 ここで一息、更に強い思いを込めて告げる。 「行くぞ、化け物」 *
走る、奔る、迅る! 一歩ごとに自らが鋭利になる感覚があった。 敵はもう彼女を突き放し、俺を迎え撃つつもりの様で、正面からこちらを睨んでくる。さっき不様にやられていたのに一体何処からそんな自信が出てきたのかと思ったが成程確かに彼女の血を吸って相当に力を増しているようだった。だがそんなもの何の問題でもない。俺がコイツをブチのめすのは確定された未来だからだ。あとはその通りの未来を、結果を紡ぎ出すまで! 「ははっ! お前独りで何ができる!?」 煩ェな。ンなモン決まってんだろ、手前ェをブッ殺す事だよ! 凄まじい勢いで腕が振るわれる。食らったら死ぬかもな。ま、別にどうだっていいさ。擦りもしねェからな!! 頭を少しだけ傾ける。たったそれだけで奴の渾身の一撃を無効化する! 「なっ!!?」 奴は避けられたことが予想外だったのか驚きを隠そうともしなかった。そしてそれが決定的な隙となるのだ。そして俺がそれを見逃すような愚を犯す訳もない! 「―――っ!!」 無言の、しかし 「ぐ、お、ごっ!?」 鈍い音と敵の呻き声。顔面を押さえ 「おい」 思ったよりも、重く、低い声が出た。そう言えば少し喉が渇いたかもしれない。 まぁ別に良いさ。寧ろこっちの方が都合が良いこともあるだろう。 そこまで考えてから、ゆっくりと口を開いた。 「後悔を感じているか? 屈辱を感じているか? 恐怖を感じているか? あぁ、別に答えなくてもいいぞ。感じていないのなら、まぁ幸い中々死なねェ様だし、感じるまで殺し続けるだけだからな」 それは薄暗い悦楽。凄惨な笑みを浮かべながら演じる死の舞踊。 鋭い蹴りが顔面を踏み砕かん勢いで打ち込まれる! 轟音と共に吹き飛ぶ吸血鬼。体勢を立て直して、ようやく回復した視界の中に最初に飛び込んで来るのは俺の靴の爪先だ! そう、単純に身体能力で勝る相手に勝利する一番手っ取り早い方法、それが視界をツブすことなのだ。視力と視界の優位を持つことはそれだけで己の戦況を一変させる事すらも容易。言うなればそれは最早明確に狩る狩られる立場を決定付けるものなのだ。 「っく、ぎゃがぁぁあおおあああっ!?」 苦悶の声が上がり右目を押さえて力無くひざを突く。莫迦が隙だらけだぜ! 俺はそこに更に攻撃を加える。くるっと回って――、所謂後ろ回し蹴りって奴だ。 べキャ! 俺の蹴りは吸血鬼の側頭部に直撃して非常に嫌な音を立てた。もしかしたら、いや恐らく頭蓋骨を割り破ったのだろう。奴は汚らしい血液と脳漿をブチ撒きながらゆっくりと地面に倒れこむ。 俺はそれを最後まで見ようとしなかった。狩谷さんの容態が気になったからだ。 そんなに長い時間ではなかったし吸血行動自体が彼女の命を奪うとは考え難い。 だが俺が心配しているのはそんな事ではない。吸血鬼のもっとも有名な能力の一つ――、そう、“吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる”というアレだ。 見れば会長が彼女を介抱していた。たった今止血を終えたという所か。 「会長」 「あぁ、まだ人間の様だぞ。その証拠に、ホレ」 そういって投げて寄越してきたのは血で真っ赤になったハンカチだった。 「これは……」 「止血に使った奴だ、本当に吸血鬼になったんならこんなの放っぽっといても塞がるだろう?」 まぁ確かに、よかった。本当に安心する。 「まぁ昔から変だと思ったのだよ。仮に一日に一人吸う必要だとしてもそれでは一ヶ月で2147483648人、世界人口を遥かに超える数字になってしまうのだよ? もっと少なかったとしてもJ.ポリドリの『吸血鬼』が発表されたのが1819年。27日で67億になる計算なのにどうして200年近くも人類が人類のままでいられるのか。2400倍の時間が経過しているというのに! 考」 長くなりそうだな、と判断して周囲を見渡すと、一つの異変に気付く。 「ん? ……会長、な」 「これも戦略、だぞ? 川部」 「一つ、この山にも確実にある、尚且つ効きそうな弱点があるだろう?」 そう言われて少しだけ思案すると確かに一つ、効きそうで、用意しやすいものに思い当たった。 「あともう一つ、効きそうなものを用意させている。 そろそろ着くころだと思うのだがね……」 そう会長が呟いた時、後ろで再び奴の立ち上がる気配を感じる。 それに対して振り返ろうとしたその時、 「川部くん」 柔らかな声音に呼び止められた。 そこには急いで走ってきたのか顔を赤く上気させた倉野先輩がいた。 「葉月、用意は整ったかね?」 倉野先輩は頷いて手に持っていたものを俺達に見せた。 「……まぁ、非常事態だし、いいわよね? ハイ、川部くん」 そう言いながら差し出されたのは、一振りの日本刀。 ちょっと予想の斜め上を行かれた気がしたが、良く考えればここで出てきてもそこまで不思議ではない。倉野先輩は剣道の有段者なのだ。その先輩の家の別荘ならば刀の一本や二本あってもおかしくはない。つーか「和室に日本刀があるけど使っちゃダメ」みたいなことを彼女自身が言っていたような気がする。 何はともあれこれは強力な武器だ。有難く使わせてもらおう。 差し出された刀を受け取り、鞘から抜き放つ。 シャンッととても心地良い音を立てて、刀はその身を外気に晒した。 その刀は吸い付く様に俺の手に馴染み、まるで身体の一部であるかのように自在に扱う事が出来る気すらする。 そこで改めて奴に目を向ける。どうやらやっと脳味噌を治しきった所の様だった。 目線だけを後ろの二人に送り、一言告げる。 「行って下さい。何かとっておきがあるんでしょう? コイツは、俺が何とかしますから」 二人は頷いてまだ気を失っている狩谷さんを背負った。 「よし、行くぞ葉月」 「えぇ」 そして三人が木々の中へ消えていくのを見送ると、後ろから声が掛かった。 「……お別れの挨拶は、済んだか?」 「ふーん待ってたのかよ、もったいねーなぁ。不意討ちゃ一発くらいならはいったかもしんねーってのに」 互いに軽口を叩き合い徴発し合う。 「ふん、余裕ぶっていられるのも今の内だぞ?」 そう言いながらこの影からこれまた真っ黒なサーベルを一本引き抜く。 「まァ、御託はいいさ、やろうぜ」 それと共に左手を奴を誘う様にチョイチョイ、と動かす。 「ハッ! 調子に乗るな劣悪種がっ!!」 この吸血鬼の咆哮が合図だった。 双方同時に走り出し、振り被る。 俺と奴の剣戟が交わり激しく火花を散らし、弾き合う。 繰り返し応酬されるは、鋼鉄の閃き。 互いに必殺の一撃を繰り出し、双方紙一重でそれを躱す。 暫くは只斬り合う音だけが響き渡っていた。 だが、そのうちに各々の口から漏れ出るものが一つ。 それは――、 「くくく、はははははははははっ!!」 只管狂った様に響く、 「フフフフフ、ヒャアッハッハハハァッ!!」 哂い声、嗤い声、笑い声!! 化け物と、凶器を使って、殺し合いをしているのに。 楽しくて、愉しくて、何故かこんなにも楽しくてっ! 只々延々と斬り合い、笑い合う! 「そうら化け物、脚がお留守になってるぜっ!」 鋭く斬りつける! 奴の反応が一瞬遅れて右足が切断される! 「私は生憎脚の一本や二本を気にする男じゃないんでなぁっ!」 素早い反撃が返ってくる。紙一重で身体を捻って 「チィッ! オイオイ、ご主人様の百倍根性あんじゃねぇか犬ッコロッ!!」 「ハンッ! 口を動かす暇があったら手を動かしたほうがいいぞ? どうした! その右腕頂くぞ!!」 「おぉっとぉっ! ははっ! 全然余裕だねっ! 手前なんざテレビ見ながらでも倒せらぁっ! その首落として脳味噌掻き出してニンニク詰めてから日の良く当たる水辺に投げ込んでやるぜ! 往生しろやぁっ!!」 只々二人だけで闘っていた。だから奴は気付かなかった。寧ろ気付けなかった。 自分が罠にかかっていたことに、そしてそれが自らの身を滅ぼすことになることも。 30分後。 「だぁぁあっりゃあっっ!!!」 ズパンッ!!! 吸血鬼の右腕、今まで武器を握っていた方だ、を斬り飛ばした。 相手は丸腰、ここで畳み掛けない手はねぇぜ! 間髪入れずに奴の腰を真一文字に斬り裂き、更にそこに左手を突っ込んだ。 普段の自分なら卒倒しそうだが今の俺はそんなヤワな精神じゃねェッ! ニッと不敵に嗤う。やつの顔が本能的な恐怖で歪んだ。 その胸板を割り砕かんばかりに蹴りつける! 吸血鬼は そこが詰みだった。 その一匹の化け物の、終わりの始まりが。 *
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 激痛で頭が回らない回らない! くそくそくそっ!! あの野郎私の内臓を引き摺り出しやがった!? 視界がぐらぐらと安定しない。まるで幻覚でも見てるみたいだ。 血が透明な、まるで水みたいに見える。やめろそんな訳ないだろう俺から出た血だぞそんな筈ないだろ上の方からポタリポタリと滴り落ちてくるなんて、ソンナコトアルワケナイダロ………? ポタ、ポタポタポタ…。 私の左手に落ちてきた私の血が肌を焼くジュウ…と言う音を耳が捉える。サァ…と身体から血の気が引いていくのを感じた。 違う、これは、……水だ!? 頭が急激に覚醒する! 臓物を再構築し上を見て、そこにある何かの正体を見定め、る…。 ……ん? そこにあったのは巨大な樹木。中身を刳り抜いたその中には水、余り知られていないが吸血鬼の弱点の一つである、が満々と湛えられていた。 そしてそれを支えている、二人の男、そして、竜。 そうだ、いつの間にかいなくなっていたあの竜だ。あの少女に偉そうな男に顔を踏まれていた時に移動して、まさかこんなものを準備していたとは……! 「おぉ、マジ吸血鬼かよコイツ」 「…早く」 〈では一同を代表しまして……死ねコラ〉 竜の頭に直接響いてくる凄みの利いた声と共に吸血鬼の弱点流水≠ェ撒き散らされる。 ジュバァアアアアと言う音と煙と一緒にやって来たのは焼ける様な激痛。 「ぐっ、おぉヲオおオォオヲヲッ!?」 「おぉ、本当に効いた」 「…不思議、だな」 〈理屈は知らんがう゛ぁんぱいあってーのは妙なモンなんだなぁ…〉 そう言いながら彼等は何かを取り出した。銃? なんだそれならあいつ等の血で体力を…。 「つーことはよぉ、当然コレも効くよなぁ」 「…だな」 そう言い合った後にその銃をこちらに向けてくる。ふん、そんなものが通用する訳がな、…っ!! 気付いて飛び退く。斬られた足はもう完全に再生しているから大丈夫だ。 私が今さっきいた場所をパシャリと水が漏らす。 矢張り水鉄砲かっ! 「くっ!」 射線を躱しながら逃げる逃げる逃げる!! 最早方向など気にしていられない。奴等の無駄の無い攻撃の僅かな隙間を縫う様に直只管に走り続ける! その時、視界の中に一つの影が私の目の前に踊り込む。 さっきからずっと私と闘っていた少年だった。私と違いまだまだ気力も体力も十分な様子である。しかも見ればこの手に持つ刀は水を滴らせている。 「おぉおおおっらぁっ!」 残る左腕も切り裂かれる。ジュウと焼かれる様な音もする。 もう痛みなんかに一々構っていられなかった。 走っていると少し開けた場所に出る。そこにはさっきの偉そうな男、刀を持ってきた女、そして私が血を吸った少女が立って何かをこちらに向けて構えていた。 「各員、全力射撃ッ!!」 男が吠え、それと同時に三人の持つ、これも水鉄砲、しかも機関銃タイプが発砲される。私は一瞬身構えたが水鉄砲の射程は若干足りなかった様でこちらには届かなかった。何だ、射程を把握しきれなかったのか? と思ったが男の顔は不敵にこちらを嘲笑っている。 何が可笑しい、と問おうとした時に、全ての疑問は氷解する。 背中に、悪感。 男がゆっくりと口を開き、告げる。 「さぁ、やりたまえ川部恭介」 ドス。 脇腹を突き破って鋼鉄の塊が出現する。 「了解です。会長」 ゾッという音と共に壮絶な喪失感が躰を駆け抜けた。 内蔵を引き裂き脊椎を斬り砕き地面に血をブチ撒いて日本刀が閃く。走り出す。最早流水なんて怖くもなんともない。今はもう只後ろの存在だけが恐ろしかった。只々あの少年から距離が開くことだけを考えた。 走って走って走って走って、そして行き着いたのは、 「川…」 流石にこれは越せない。そう判断してブレーキを掛け、 ズパッ 「……え?」 膝関節から下が斬られていた。そのまま鮮血を撒きながらブレーキを掛け損ねた私は川の中に―――、 「ッッッグゲギャアァオオォアアヲヲァガガアァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッ!?!?」 煙をあげ、声を振り絞り、激痛に耐える。 腕を伸ばし淵を?み、躰を必死の思いで引き上げた。 そこで私が目にしたもの。 「おぉ、凄い事になってんなぁ…」 「…確かに」 「ちょっと、余り見てて楽しいものじゃないわね…」 「まぁ、ここまでこちらの思い通りに動いてくれるとはね、クックックッ」 〈ヒャッハッハッハァッ! 俺に楯突いた事、キッチリあの世で悔やみなぁっ!!〉 「どうしてこうなるのか、少し興味が湧きますね」 それぞれ思い思いの言葉を述べる人々と一匹の竜、そして―――、 「手前ェは三つの間違いを犯した。 一つ、俺達の仲間を傷付けたこと。 二つ、俺達を前にして逃げなかったこと。 そして最後の一つはだ。 手前が、俺の大事な、狩谷さんの血を飲んだことだよっ!!」 は? 一瞬心の中を疑問が過ぎったが、私がそれについて考える前に、 ズドッ 胸板を打ち砕き、心臓を刺し貫き、少年の持つ巨大な白木の杭が私の躰に風穴を開ける。 最早何が何だかも判らぬ内に私の意識は灰に還っていく中で、 この長い夜がそろそろ終わることを告げるヒグラシの鳴く声だけが耳に残っていた。 *
「いやー、楽しかった楽しかった」 「……まぁ、そうだな」 佐和先輩と五十嵐先輩が前を歩きながら思い出話に華を咲かせている。 「うむ、満足満足。ふははははははは」 「いや、まぁ、そうでしょうね、あれだけやれば」 後ろでは会長と倉野先輩がこれまた思い出話を展開していた。 そんな二人組に挟まれながら僕と狩谷さんは、 「…………」 「……………」 何も話していなかった。 うーん、何故かあの後二日間僕は彼女に何故か徹底して避けられているのだった。因みにあの後、皆で僕の眼鏡を探して(何時間掛かったのかは思い出したくない)、その後倉野邸に戻って来た僕達は風呂に入り、僕がベッドに入ろうとした所で会長に「寝るだとっ!? そんな勿体ない時間は有限だぞ川部ぇえ!!」と言われて、昼まで四人で机を囲んで麻雀をしたりした。因みに会長の壮絶な独り勝ちだった。 その後は吸血鬼を落っことした川で皆で遊んだり、まぁ凄まじい闘いを繰り広げたりバーベキューしたり、串を使った攻撃の応酬をしたり、って闘ってばっかりだなぁ僕達。 とまぁこんな感じで幕を閉じた目的も良くワカラン合宿だったが、矢張り狩谷さんに避けられる理由は分からないままだった。 彼は知らない。今の状況の原因が自分にあることを。 「倉野先輩」 「ん、何? 雪ちゃん」 「川部くんは何故、私があの吸血鬼に血を吸われるのを嫌がったのでしょうか?」 「あぁ、それは、うーんと、川部くんが、雪ちゃんのこと、大切な人だと思ってるってことかな」 「え? …彼が、…私を、ですか?」 「うん、そうだと思う」 「そうですか、川部くんが、私を、大切に…」 みたいな会話が彼の与り知らない内にされていたことも。 そして―――、 「あの、…か、川部くん」 「あ、な、何狩谷さん」 「あの、…あ、ありがとうございます」 「え? …う、うん。どういたしまして」 自分の恋が、一歩前進していることも。 Fin
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